痩せた顔に輝かんばかりの笑顔を張り付けた妖精は、話し続けた。
籠の中から片手を一振りするだけで、古地図やら歴史書やらを棚から引っ張り出し、次々に机に出していく。
君はどう思う?昔は。今は。ペトラは。あの頃は―――
軍規を破り、必死の思いでギルドに逃げ込んだはずの魔法兵は、夢のような話の数々にすっかり魅せられていた。
「ああ、さすがにあの棚は届かないな。ちょっと籠を開けてくれないか?ほら、鍵はそこだ。庭を語るなら、アレを見せないと始まらないからね。」
***
「それで?籠を開けて、その後はどうしたのだ。」
憤怒に瞳を燃え上がらせた白皙の美少年が、籠の中の魔法兵に問う。
魔法兵は、その問いに答える舌を持たない。剥き出しの右腕に魔法術式で文字を浮かび上がらせ、グランマ・ペトラに向けて見せた。
『彼は籠から出て、庭や工房の作り方を教えてくれた』
「そんなことは、どうでもいい。ユリウスはどこへ行った!」
グランマ・ペトラは激高し、籠の扉を蹴りつける。大量の本に囲まれて座り込んでいた魔法兵は、籠から滑り落ちそうになった一冊を慌てて掴み取った。
妖精に騙されて籠に囚われた、愚かな魔法兵。籠越しの尋問にも限界があるが、当の鍵は妖精が持ち去ってしまった。
「くそっ!鍵はずっと僕が持っていたはずなのに、いったいどうして……!」
妖精の行先を割り出せないと分かると、年若きグランマは悪態をつきながら書斎から出ていった。
***
1人籠の中に残された魔法兵は、それから数日にわたって貪るように本を読み続ける。ついに最後の本を読み終えると、懐から一冊の手帳を取り出した。
魔法兵は思い出す。彼を籠に招き入れた妖精の言葉を。
安心しろ、君はもう何も忘れなくていいんだよ。この籠の中で、読みたいだけ本を読んで、知りたいことを知りなさい。そして気が済んだら、この青い革表紙の手帳を開くといい。中に挟まれた虹色の葉をその手に取って、籠の扉に押し当てながら、心の中でこう唱えるんだ―――
『魔法使いよ、自由であれ』
初めて精錬した転移扉の先には、煌めくような眩しい笑顔の妖精が1人、手を差し伸べて待っている。
魔法兵は、晴れて魔法使いとなった。
「よくやった、魔法使い!さあ、これから一緒に修行の旅だ。プランタン流を教えてやろう。」
Notes.
- 極光戴く絶頂期、目覚ましい技術革新の影で憂き目にあうものも多く、その一例として、人を使い魔とした存在「魔法兵」がある
- 妖精は籠に囚われ、危険を伴う愛玩動物としての扱いに甘んじることとなる
- グランマの名を受け継ぐ文化がある町では、女性名の男性グランマ、男性名の女性グランマがいる場合がある
- 妖精に師事して魔法を覚える魔法使いもいる
- どのような時代であっても、自由な魔法は、息を潜めて生き続ける